28章 闇さえも裂くから
「うわぁ、すごいすごい! ガーディアすごいよ!」
あの後、地下から抜け出して山から飛び降りたけどまだ一度も地面に着地してない!
どういう理屈か知らないけど、ガーディアがすぐに落ちたりしない。まるで飛んでるみたい。
『暴れんなよ、おまえら! 落ちても拾ってやんねぇぞ!』
暗闇の中、風が強くビュウビュウと吹きつけるから自然と声が大きくなる。
「うん!」
私達は地上に戻った後、普通なら足元に気をつけて下山ってとこなんだけど。
今は万全モードの巨大化したガーディアの背に乗って山を降りてる。
帰りの便は超特急だった。行きも速かったけど、今はそれ以上だよ。
『結構おもしろいもんだろー!? 地面から離れてこうやってるのも!』
「そうだね!」
『まあ滅多にやってやらねえけどな!』
ガーディアの体毛からちょこちょこ下に見えるのは深い森。私、あそこを歩いてたんだ。
遠くから見ても結構規模は大きかった。だから何時間も同じ景色だったんだ。まだ地面は見えない。
「……聞きたいことがあるんだが」
レイがにじり寄って私に声を掛けた。カースさんはレイに落ちないようにしっかりと持たれてる。
「なにをっ?」
「お前、こいつとはどういう関係だ」
そう言ってレイはガーディアの頭のある所を指差した。
「ガーディアのこと?」
「このバカとは何の関係がある。これでもこいつの種族は手なづけにくいんだが」
手なづける? うーん、そういうのよりも私とガーディアは友達に近いかな。
「契約はしてるけど、友達みたいなものかな? 手なづけるつもりもないよ」
「お前が? まともに戦えない奴がこいつを制すのか」
うぐっ。そりゃ魔法を抜けば私は戦闘能力ゼロ……ってわけでもないかな?
キレたらそれなりに戦えるってお母さんも公認してるもん。だから弱いってわけじゃないけど。
「私は剣より魔法なの!」
あ。でも今は剣持ってないじゃん、私。……ま、まぁそこは気力と魔法で何とか。
「魔法は接近戦に弱い」
う。そういえば今まで接近戦なんてやったことないから弱点も知らなかったー!
「だいたい、お前は剣より体術じゃないのか」
なんでそう思うの? 私が戦ってるとこ見たことないよね。
「どうして?」
「お前、どこぞの領主を蹴り飛ばしただろ。ついでに王も」
王がついで。言いきったよ、王様がおまけだって。
普通は逆じゃないの? まあ、あんなの生意気で礼儀知らずだから良いけど。別にただの子供だし。
「見てたの?」
「いや。街の連中がキヨミと名乗る女が巨漢のルイーツを蹴り飛ばしたと騒いでた」
あ、あはは……野次馬の人たち、すっかり街の噂にしてくれちゃったわけですか。
私の笑みは自然と引きつる。名乗るんじゃなかった。しかも街中で。
これからあの街を歩くのが少し恥ずかしいかも。あの時には野次馬がたくさんいたよね。
顔を覚えられてるかも。それは困るなぁ、靖に過ぎたことを掘り返される口実を作っちゃう。
「どんな女かと思ったが、まさかお前がその清海とはな」
呆れた声でレイが言った。むぅ。悪かったね! どうせキレたら大の男でも蹴飛ばすよ!
「悪い? すんごくむかついたんだから。それに、あっさり人を殺す人に言われたくはないよ」
私も魔法で言っても無いのに殺しちゃったけど。故意にやったわけじゃないんだよ。
だけど……結局は、私も同じになんだよね。涙はあの時流したのかな? 不思議と今は流れない。
ん、でもそうだとすると。まさか……レイに泣き顔を見られた?
チラッと私はレイの横顔を盗み見て、とても一つ上には見えない容貌に溜息がこぼれた。
今こうしてると最初ほどじゃないけど、やっぱり年が近いとは思えない。 落ち着きすぎてるなあ。
「今更殺した事を否定する気はない」
あっさり言うね。普通は十四そこらの子供だったら狼狽えない? いや、狼狽えようよ。
そうしないなんて……レイは一体何人殺してきたの。普通に育ってたなら自分の過ちを否定したいはずでしょ。
「好きでやったわけじゃないがな。今の王政に全ての元凶がいる」
王政。まともな王政ばっかじゃないんだ、こっちの世界も。
そうだよね、まともだったらあんな中年が大きな顔させてるわけない!
上には上がいるっていうし。
「元凶って?」
「魔帝だ。この国をあいつが支配するようになって変わった」
何それ。っていうか誰だろう。王とは違うの?
「魔帝って何?」
レイはそんなことも知らないのか、とまた呆れた。
「知らないものは知らないもん。それと何の関係があるの?」
「ルネス=ディオル、高位の魔物。こいつに家族を殺された」
え。じゃあその時に、ミレーネさんも殺された……?
思考がストップした所で、今まで何も言わなかったミレーネさんが口を開いた。
「普通に死んでいるのであれば私はもうこの世にいなかったわ」
普通の死って。事故死とか病死とかいずれは来るそういう死?
でもじゃあ、お父さんとお母さんは?
「そんな……」
私でも、家族を殺されたら復讐とか考えるよ。それか、後を。私は言葉に詰まって考え込んだ。
「同情ならするな。過ぎたことは変わらない」
私が黙ってるのをレイは同情しているのだと思ったみたいだった。
「レイは、強いんだね」
私は弱い。鈴実とか家族がいなくなったら絶望から抜け出すことなんて1人でできっこないから。
いきなり家族を失っても、誰かに頼ろうとしない。 独りでここまで生きてたんだよね、きっと。
そんな易々と生きていける程には何処だって甘くはないだろうから。
強いから、自分のやったことを受け入れることができるんだと思うよ。それでも、殺人は反対だけど。
「さあな。俺にはわからないことだ。仇さえ受ければ、どうだって良い」
それきりで、沈黙が続いた。
復讐したいと思うのは、当然のことだと思う。
でも、そのために目的があるからって人を殺すのはいけない。
人殺しは、家族を奪うことだもん。その被害者のレイが加害者になるなんて、悲しい。
それを教えてあげなきゃとは思うよ。でも私には、口にする資格がない気もした。
同じ穴の狢に、非道だと責めることが許されるはずはないだろう……って。
沈黙を破ったのはガーディアの明るい声だった。
『ま、ここまで来れりゃ良いよな』
そう言ってガーディアはゆっくりと着地した。ガーディアは足を折って私達を降りさせた。
「え?」
何処に行くの? 私はてっきり、ずっと一緒にいてくれると。
『あたしの力が必要になったら指輪を使いな。あたしにゃこれでも族長の義務ってもんがあるんだ』
それだけ並び立てると、ガーディアは森の暗闇に姿をくらました。
途端に私はズーンと肩の荷が重くなった。
一緒にいてくれると思ったのに。いてくれたら煩かろうと心強かったのに。
まだ、森の中にいるかな。間に合うかな? これからも一緒にいて欲しいってお願いは届くかな。
「まだ……間に合うかも」
ガーディアが行った方向を見、走りだそうとした所でレイにがっしりと片腕を掴まれた。
「待て」
もがいてもビクともしない。靖の握力とは比べものにならないくらい強かった。
「死にに行く気か。夜のビストレードは」
「あーもー、放してよ! 痛いんだってば!」
「清海ちゃん、レイの言うとおりよ」
「大丈夫だよ、一回はあの森に入ってちゃんと抜けられたんだから!」
でも全然聞き入れてくれない。レイもミレーネさんも、カースさんも。
レイは黙り続ける。でも腕を掴んだ手は放そうとはしてくれない。むしろ強まる。
「……レイ?」
「あれを見た後でも、あの森を通る気になるのなら放そう」
あれって何? 私はわけがわからない。この国のことなんて何ひとつ私は知らないのに。
「おお、もう少ししたら来る時分だのぉ……レイ、仕事じゃよ」
「わかってる。今は、義務を果たす」
カースさんとレイが変な話を展開させているうちに、私は平常心を取り戻した。。
確かに、ガーディアは群れの統率者だった。長いことほったらかしにするわけにいかないよね。
「もうわかったから、放して。今更叫んだって声は届かない」
レイは私がガーディアを追う気がないのがわかって、ようやく手を放してくれた。
「第一陣は南からじゃな。清海よ、風に用心することじゃ」
風に? そういえばさっきから風がひとつも起きないや。
「風、吹かないね」
手をパタパタとして仰ぐ。でも、ちっとも涼しくない。っていうより。
「あれ?」
風が起きない。おかしい。ブンブン振っても、風がこない。………なんで!?
『ヒュッ』
!? レイが無言で剣を振るった。それと同時に周囲に異変が起こった。
「うひゃぁ!?」
真っ暗! 右も左もわからない程。どうして剣を振るってこうなるの!?
何かが足に巻きついて、私は前へと大のめりにこけた。
「ったぁー。何なの」
鼻は幸いぶつけずに済んだ。でも顎が痛い…ジンジンする。
それに、何? 体がひきずりおろされてるようなこの感覚。
でも何も見えない。上を向いても横を見ても。
レイやカースさんが近くにいるのか、遠くにいるのかもわからない常闇の視界。
私、目を閉じてるのかな? そう思って瞬きをして見たけど、変わらなかった。
何も見えない。闇しかない。うーん、そう思ったら目が疲れた。
閉じても開けても変わらないなら瞼を閉じよっと。そのほうが、気配とか感じやすいってよく言うし。
でもやっぱり体がひきずりおろされてるような。
闇に包み込まれる前は確かに地面に足はついてた筈なんだけどな。どうしよう。
気づけば体がもう半分は沈んでるような感覚。もしかしたら砂漠になっちゃったのかな。
だったら、もがかないほうが良いよね。もがけばもがくほど沈みやすいって漫画で読んだことあるもん。
まだ半分だから自力で抜けられるかも。どこか固くて掴めそうな場所…
でも、誰が助けてくれるっていうの? かならずしも誰かが助けてくれるって保証は存在しないよ。
レイは私よりもカースさんを優先するだろうし、それで精一杯かもしれない。
この沈んでいく体を抜くことは、私一人だけだったらとてもできない。
どうしよう。この得体の知れない何かに呑み込まれちゃったら、どうすれば良い?
ずっと、砂の中で窮屈な思いをしなきゃいけないのかな。でも完全に呑み込まれてしまったらおしまい。
「どう、しよう……?」
パニックに陥っちゃいけない。いけないとわかっていても、不安は消えない。
…ちょっと待ってよ。普通重力は下に移動するよね。前にこけたのに、どうして足から砂に呑み込まれるの?
普通流砂も重力の方向に向かって沈んでいくはずでしょ。…おかしい。
前にこけてから私は起き上がっていなかった。だったらもうとっくに体は砂に埋もれてるはず。
これ、流砂じゃないのかもしれない。
真っ暗闇でどこが正しい上で左なのかとかわかってないからそう錯覚したのかも。
魔法で何とかできるかな? やってみるだけの価値はあるよね。
「風の色よ世の理を乱すものに裁きを!」
『ヒュッ』
「あ!」
魔法で暗闇が…切れた? これって、何?
視界に紺色の夜空が一瞬垣間みえた。でもすぐ見えなくなった。
この暗闇は。自然の暗さじゃない?
「……わああっ!」
気づけばもう体が胸の所まで沈んでる! ど、どうしよう。ホントにホントにやばいよ私。
うわー、またピンチ! この国に来てからというもの、災難続きで良いことが無いんだけど!?
「この際なんだって良いから誰かどうにかしてよー!」
こんな所で死にたくないよ! しかも原因がわからないまま? 最悪だよ……泣きたくなる。
泣いたって何の解決にもならないけど、でもこんな死に方ってないよ!
『シュッ』
え? さっき、何かが切れたような音がした。
また夜空が現れた。しかも今度はさっきみたいにすぐ消えたりしない。
「このバカは……忠告を聞こえなかったのか」
どうして私、夜空ばっかりで森とか山が見えないの?
レイも声は聞こえるけど見えない。ミレーネさんとカースさんは何処へ?
「あれ?」
あ。私、地面に寝転んでるんだ。どうしてだかわからないけど仰向けになってる。
両手をついて起きあがればレイとさっきと変わらず担がれてるカースさんがいた。
「お前一人であの森の闇からは逃れることは出来ないな」
……はい? 話が見えないんですけど。闇って、さっきのあれかな。でも待ってよ。
闇っていうのは太陽の光が当たらない時にあるもので。宇宙そのものが闇なのでは?
レイが助けてくれたんだよね、多分。でも武器とかの物理攻撃とかで闇は切れないよ。
さっきの魔法でも途切れたのは一瞬だったし。
「武器で闇を切ったの?」
カースさんが、ほっほっほ、と笑って私に爆弾発言を落した。
「レイは闇でも何でも斬ってしまうから闇裂きなのじゃ」
頭に入りきらない。どうやって説明・立証されるの? 物理攻撃の剣で闇を裂くなんてそんな馬鹿な。
「と、とにかくすごいんだね……?」
この世は人の知らないなんたらで動いてるとか誰か偉い人が言ってた。
そういうことだと思っておこう、とりあえず。
「二回……あと数回か」
「うむ、そんなところじゃの。まだ今日は来よう」
よくわかんないけど、とにかくレイに助けてもらったってことは事実なんだよね? 後でお礼を言わなきゃ。
NEXT
|